平成30年は明治維新150周年です。

かごしま明治維新博PR大使 桜庭ななみ

かごしま明治維新博PR大使
桜庭ななみさん

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平成30年は明治維新150周年です。
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意外と知られていない県内各地の幕末・明治維新こぼれ話(その2)

第2回しっちょいどん NPO法人かごしま探検の会 東川隆太郎さん

西郷隆盛の盟友・桂久武の霧島開拓

桂久武(かつら ひさたけ)は、薩摩藩最後の家老のひとりでもあり西郷隆盛の盟友でもある人物だが、案外功績や人柄などは知られていない。日置島津家に生まれ、武士としての身分は高く、兄のひとりにはお遊羅騒動で切腹するに至った赤山靱負(あかやま ゆきえ)がいた。始めは島津歳貞(しまづ としひさ)を名乗っていたが、桂家を継ぐことになり、久武を名乗るようになった。薩摩藩においては家老として活躍し、明治維新後は都城県知事などを勤めた。領地持ちの家柄だけに家来を多く抱えており、慶応3(1877)年から現在の霧島神宮近くの土地を家臣らと開墾するようになった。その後におこる版籍奉還(はんせきほうかん)や廃藩置県(はいはんちけん)を見通しての行動ともいえる。つまり、武士の世の中が終わろうとするなかで、自分たちで食べていく道筋を立てるというものの先駆けでもあった。しかし、西南戦争が始まると盟友の西郷と共に城山の戦いまで従軍し、亡くなることになり、自身の開墾の夢は立ち消えとなってしまう。ただ、現在も開墾した地域は「桂内」という地名が残り、静かに桂久武の想いを伝えてくれる。