平成30年は明治維新150周年です。

かごしま明治維新博PR大使 桜庭ななみ

かごしま明治維新博PR大使
桜庭ななみさん

  • face book
  • youtube
  • twitter
  • instagram
平成30年は明治維新150周年です。
かごしま明治維新博PR大使 桜庭ななみ

かごしま明治維新博PR大使
桜庭ななみさん

記事一覧

The Meiji Restoration(明治維新)

The Meiji Restoration

Since the 8th century, the political and executive power of the Japanese Imperial Court had been thrice transferred to the Bakufu (military government), under the leadership of the Shogun (Barbarian-Quelling Generalissimo), in the years 1192 (Kamakura Bakufu), 1336 (Muromachi Bakufu) and 1603 (Edo Bakufu), while the Emperor remained a ceremonial figure in the Imperial Court in Kyoto.

The Meiji Restoration (in 1868) was a political and social revolution that ended the rule of the Edo Bakufu, and saw political and executive power being restored to the Emperor of Japan. It was a watershed event, ushering in political, economic, social, and many other changes in the country.

While the 200 over years of peace and prosperity during the Edo period laid strong foundations, the Meiji Restoration marked the dawn of modern Japan, paving the way for the development of the first modern industrial nation in East Asia.

Kagoshima, birthplace of many key figures who contributed greatly to the Meiji Restoration, such as Saigo Takamori and Okubo Toshimichi, played a major role as one of the main driving forces of the Restoration. It is also home to Shuseikan, the first Western industrial factory complex in Japan. The Shuseikan project was initiated by Shimadzu Nariakira, 28th patriarch of the Shimadzu family, which ruled over the domain of Satsuma (present day Kagoshima). He ordered the construction of a modern Western factory to spin cotton, cast iron cannons, manufacture the Satsuma Kiriko cut glass, and engage in other industrial activities, so as to help boost the income of the domain through export and sales. The old Shuseikan factory, located next to Sengan-en Garden in Kagoshima city, was inscribed as a UNESCO World Cultural Heritage in July 2015 as one of the component of the “Sites of Japan’s Meiji Industrial Revolution: Iron and Steel, Shipbuilding and Coal Mining”

【日本語訳】

明治維新

8世紀以来,朝廷の政権は三度征夷大将軍に移譲されている。つまり,1192(鎌倉幕府),1336(室町幕府),1603(江戸幕府)この三つの時代に,天皇は儀式的な存在として京都の御所におり,実際の政権は幕府が握っていた。

1868年の明治維新は,政治及び社会的な革命であり,江戸幕府の政権を明治天皇に奉還したというもの。日本の歴史の中の一大転機であり,日本の政治,経済,または社会等に大きな変化をもたらした。

江戸時代の日本では,200年以上安泰で繁盛な社会が構築され,強固な社会の礎が築かれたと思われている。一方,明治維新は近代日本の出発点であり,日本を西洋化し,また東アジア初の近代工業国家として発展していく土台を作った。

西郷隆盛,大久保利通など明治維新に貢献した人物を多く輩出した鹿児島は,明治維新の実現と成功にかけがえのない主要な原動力の一つであったと言えるであろう。鹿児島では,幕末に薩摩藩主である島津家の28代当主の島津斉彬により,集成館という日本初の西洋風の工場群が建てられた。その中に綿を紡ぎ,大砲を鋳造し,薩摩切子を生産するなど様々な産業活動が展開され,輸出により藩の財政を強化し,日本の産業化を促進し,重要な役割を担っていたと言われている。2015年7月,鹿児島市の仙厳園の隣に位置するこの旧集成館は「明治日本の産業革命遺産群」としてユネスコの世界文化遺産として登録された。

『From a Foreigner’s Perspective(外国人の目線から)』

このコーナーでは,海外の方から見た”明治維新”を紹介します。
英語による歴史の紹介にとどまらず,時には現代の国際的な視野から見た私見も交えて
紹介する予定ですので,どうぞグローバルな視点(心)でご覧ください。

著者プロフィール
シュ・ユェンシャオ・ケナード
シンガポール出身(1982年)
 

シンガポール国立大学在学中に九州大学,京都大学,岡山大学に 留学し,日本語や日本史などを学ぶ。2008年に大学を卒業後,半導 体を扱う日系商社を経て,2010年にJETプログラムで鹿児島へ赴任。 県庁などに勤務した後,2016年にシンガポールへ帰国し,自身の 会社を立ち上げるとともに鹿児島県からASEANディレクターの業務 を受託した。日本人の妻と子供の3人で暮らしている。

<鹿児島との関わり>
  • 平成22年8月~平成27年7月 鹿児島県国際交流員
  • 平成27年8月~平成28年4月 (公社)鹿児島県貿易協会
  • 平成28年5月~現在      鹿児島県ASEANディレクター